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オーナーSU-が、最新情報をお届けします。グアムへ起こしの際にはぜひ野外射撃場G.O.S.R.へ!

2010年02月02日

今日は何の日?


G.O.S.Rから一番近いレストラン、「Jeff's パイレーツCobb」に掲げられている肖像画

グアムの人が“日本人”といえば真っ先にその名を挙げるのが「横井庄一(よこい しょういち)」さんです。

1972年1月24日、グアム島南部タロフォフォ地区のジャングルで村民に発見され救出された横井庄一元陸軍伍長は、9日後の2月2日、31年ぶりに日本に帰国しました。“恥ずかしながら生きて帰ってまいりました”の第一声は当時流行語となりました。2年後にはルパング島で小野田寛郎元陸軍少尉が発見され帰国。
戦後問題がまだ解決していないことを改めて国民が知った事件でした。


タロフォフォの滝公園「横井ケーブ」脇にある展示模型

横井さんは当時、グアム島の第29師団に配属され食料や弾薬を運搬する部隊にいました。昭和19年、グアム島に上陸してきた米軍の圧倒的な兵力の前に日本軍は敗走。当初2万人だった兵力はたちまち3,000人にまで減り、既に戦闘継続は困難な状況でした。米軍による投降の呼びかけに当時の指揮官、佐藤少佐は応じたのですが、不幸にして横井さんの部隊は佐藤少佐直接の指揮下になく投降命令が伝わっていなかったのです。横井さんは部下2名と共にジャングルの奥深く潜みました。そして以後28年間、途中で部下2名の病死・別離といった悲劇を乗り越えつつ、飢えと孤独と戦いながら生き延びたのです。

横井さんが28年間生命を繋いだグアムのジャングル。回想録によれば、時たま獲れる河海老が何よりのご馳走だったとか。

帰国した横井さんは記者会見で、“米軍が落とした宣伝ビラで終戦は知っていたが、もし出て行ったら軍法会議で処刑されることを恐れていた”等と話されたそうです。
横井さんは、31年ぶり、340万7,404人目の復員者でした。


「横井ケーブ」があるタロフォフォの滝公園は、G.O.S.R.と隣接しています。というよりも、G.O.S.R.がこの公園の付帯施設であった…と言うべきかもしれません。グアム島の観光案内で「南部観光」を選ぶとこのタロフォフォの滝公園は必ず含まれて居ますが、じつはG.O.S.R.の送迎をご利用になるのが最もお手軽で安上がりなアクセス方法です。さらに、G.O.S.R.で射撃をされたお客様とそのお連れ様には、公園入場料の割引券も差し上げています。

2度と戦争のない世界の実現を願っています。
実弾射撃はレジャーで充分!
グアム野外射撃なら迷わずG.O.S.R.へ!


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